認知を変えよう!私たちが見ている世界はこんなに違う。
私はよく「人それぞれ見ている世界が違う」という言い方をするのですが、
少し抽象的な表現でピンと来ていない方もいらっしゃるかもしれないので、今日は少し具体的なお話をしたいと思います。
「見ている世界が違う」というのは、同じ事象に対面しても、認知の仕方は人それぞれ、ということです。
認知というのは物事を認識して理解するということ、認知を変えるというのは、どのように捉えるかを変えるということですね。
つまり、物事をどう捉えるかの違いが、あなたの世界観になり、あなたの生きている世界を創造しているということです。
あなたがどのような認知をしているかというのは、生まれつき持っているものや性格ではなく、あなたのこれまでの人生経験や人間関係が大きく関係しています。
なので、あなたが意識さえすれば、いくらでも変えていくことができるものです。
認知を変えるためには、まずは「どんな出来事に対しても、そこに意味を与えているのは自分自身である」ということを受け入れて、
「私がそう決めさえすれば、いつでもその意味付けを変えることが出来る」ということを、信じてみましょう。
今日は、私が日常生活の中で感じた他人と自分の認知の違いについてご紹介します。
「人によってこんなに違う」ということの例として、そして、「認知の仕方を変えれば人生はもっと楽しくなるかもしれない」と思ってもらえるきっかけに、なるといいなと思います。
例1: 温泉での出来事
友人と地方のローカル銭湯に行った時のことです。
その銭湯は地元の常連さんが多くいるような場所で、私とその友人はどちらも子供を2人ずつ連れていて、明らかに一見さんという雰囲気でした。
浴場に入った瞬間、とある年配女性が私たちに「ほら!身体先に洗って入って!こっちおいで、私がお湯かけてあげるわ!」と、私と子供たちにかけ湯をかけてくれました。
私の友人も、「ほら!ちゃんと子供達見てないと!」と言われていました。
私は、その勢いに多少は戸惑ったものの、「あ~おせっかいで優しいおばさんだな。地方って感じで、温かいな。」と感じ、
「ありがとうございます!助かります!」と、お礼を言って有難くかけ湯をかけていただき、気持ちよく入浴することができたのですが、
友人は浴場を出た後に、怪訝そうな顔で私にこう言いました。
「おばちゃんに、めっちゃ怒られたね。常連みたいだったから、やっぱり子供連れてきたのが嫌だったのかな。あなたも、めっちゃお湯かけられていたね。怖かったね。」
正直、そのとき私は彼女の認識にとても驚いたんですね。
だって、私にとってはそのおばさんの発言のどれも、子連れに対する嫌味には聞こえていなかったですし、
お湯をかけられたというより、子供を二人連れている私を気遣ってくれたとしか思っていなかったのです。
確かに、嫌みとも取れなくはないし、お叱りを受けたように感じてしまった彼女の気持ちも分かります。
その時は、「私はそんな風には思わなかったよ。そんな怒っているようには見えなかったし、ああいう喋り方の人なんだと思ったけど。」とだけ伝えましたが、その日の入浴は、友人自身はあまり楽しめなかったようで残念でした。
もしかしたら、普段別のところで、子連れであることを理由に肩身の狭い思いをたくさんして来たのかもしれません。
同じ場で同じ人に同じようなことを言われたのに、ここまで捉え方が違うんだなと、むしろ感心した出来事でした。
例2: 落ちそうだったお皿
次の例は、私と夫との間の認知の違いです。
子供達2人がテーブルに座っておやつを食べていました。
下の子がまだ1歳になったばかりの頃で、自分でおやつをつまんで食べられるようになっている姿を、微笑ましく眺めていた時のことです。
食べるのが大好きな下の子が、おやつを口に入れたとたんに、興奮したのか急に手をブンブン振り回し始め、その手がおやつの入っていたお皿に直撃!
間一髪テーブルから落ちる前に私がキャッチ!!!・・・事なきを得ました。
私は、その瞬間キョトンとしている子供達の可愛さに笑ってしまって、「危なかったね~~おやつが美味しくて嬉しかったんだね!」と子供たちに笑いかけたのですが、
それを一緒に見ていた夫が「もう!危ないから、まだそんな風にお皿を置いて自分で食べさせなくていいじゃん!」と怒り出したのです。
「危なかったけどセーフだったから、それが逆に面白かった」と笑っていた私と、「ヒヤヒヤするから、そんなリスクを取り続けないでほしい」と、全く一緒に笑えない夫がいたのです。
確かにおやつが飛び散ると掃除は大変ですが、お皿はシリコン製の割れないものです。
それでも、「失敗」や『トラブル』が大嫌いでキレイ好きな夫は、その瞬間どうしても冷静になれなかったようです。
その時にも、「同じ景色を見てもやっぱりこんなに違うことを感じるんだな」と実感しました。
ちなみに私たちのようにこんなに世界観が違う夫婦でもなんだかんだ長年仲良くやっていますし、私としては認知の仕方が違うというのは、新しい発見がたくさんあって新鮮で楽しく、勉強になるなと感じています。
「相手が自分と違う」ということを、悲しんだり怒ったりする必要はまったくありません。
もちろん、そんな気持ちになる時やストレスやイライラの原因となることも多々ありますが、
どちらかが良い・悪いという話ではなく、「みんな違う」という大前提を、忘れないでくださいね。
例3: 差し入れを買ってくる同僚
私の会社のグループ会社の社員で、本社に立ち寄る度に菓子箱を買ってきてくれる方がいました。
たまにしか来ないので差し入れ的なものだと思っていましたし、色々と頼まれごとを受けたり、業務外のサポートもしたりしていたので、お礼の気持ちかな、という程度で、
あまり深く考えず、毎度ありがたく受け取っていたのですが、
ある日、それを見た私の当時の上司が、苦虫を噛み潰したかのような顔で、
「ああやって、物を配って他人に媚びを売る行為って、ホントに嫌いだわ」と言ってきたのです。
彼にとっては、「不必要な差し入れをする」という行為が「ご機嫌取り」のように見えていたのです。
私はその時には、「なんでそんな捻くれた捉え方をするんだろう」と思っていましたが、その上司は、それ以外のことに関しても、「性悪説」をベースに考えていることが多かったように感じます。
また、仕事に対する責任感が強く、あまり人に頼らない性格でしたし、自分を犠牲にしてでも会社や上司のために働く、という、ザ・昭和のサラリーマンでした。
だから、そんな風にうまく他人を利用しながら、菓子箱1つや2つで周りのご機嫌を取って、ひょうひょうと仕事をこなしているタイプが、気に食わなかったのかもしれません。
「物質的なものをプレゼントする」ことへの価値観というのは人それぞれで、
この場合の、「お菓子や差し入れを配る」という行為を、「感謝の気持ち」と取るか、「ごますり」と取るか、どちらが正解かは分かりません。もっと別の正解の可能性もあるのかもしれません。
でも、ここで大切なのは、「あなたがどう捉えるか」ということなのです。
あなたが「媚びを売られている」と捉えてしまえば、懐疑的な気持ちになり、「お菓子もらってしまったから、また嫌だけど手伝わないと・・・」と負い目を感じるようになるかもしれません。
でも「感謝されている」と捉えれば、「あの時頑張って手伝ってあげて良かったな、良好な人間関係が築けてるな」と思えるかもしれません。
実態はどうであれ、あなたの見ている相手はあなたの思う通りの人間にうつり、あなたの世界は、その通りのものになります。
私たちの世界はこのように、日々起こるすべての事象に対しての自分自身の捉え方、その1つ1つから成り立っているのです。
その捉え方が、私たちの日々の感情を作り、全体としての世界がどう見えるかに、繋がっているのです。
最後に。
あなたがどう世界を見るかということに正解はありませんし、他人から評価を受けるものでもありません。
うぬぼれでも、楽観的でも、自意識過剰でも、関係ないんです。
あなたが見たいように、あなたは自分の世界を見る権利があるのです。
そして同じように、他人にも自分たちの世界を見る権利があります。
お互いに、それを尊重できると良いですね。
自分の世界観を押し付け合うことはトラブルの元でしかないのですが、残念ながら、世の中にはそのように自分の認知の通りに相手にも見てほしいと、強要してくる人もいます。
でも、みんな人間ですからね。それも仕方のないことです。
でも、あなたにはあなたの権利がある、自分で自分の認知を決める権利がある。
それは、不変の権利であり、どんな世界でも一番頼りになる最強の武器になります。
例え、私たちの身体や環境がどんなに不自由でも、あなたの心の中は、いつも限りなく自由なのです。
あなたがどのように感じどのような世界で生きたいか、それに合わせた見方をしていくことが大切です。
長年かけて培った認知を変えることは簡単ではありません。
でも、絶対に変えることは出来るものです。
「自分はこのことをどう捉えたか」と自覚をしたら、他にどのように捉えることが出来るか考えてみましょう。
いろいろな世界の見方を知るために、色んな人の話を聞いたり、色んな本を読んだりして、
「他の人は、自分には思いもしなかったこんな捉え方をしていた」という違いをどんどん発見し、
「こういう見方が出来たら、人生がもっと楽になる気がするな」と思えることがあれば、どんどん真似していきましょう。
すぐには出来ないかもしれません。
でも、焦る必要はありません。
少しずつ、ゆっくりでいいんです。
昨日より、少しでも違う見方を出来たら、それはもう大きな成長です。
そんな風に考えられた自分を、たっぷり褒めてあげてくださいね!
あなたの見えている世界が、もっともっと温かく優しい世界になりますように。
神田華子でした。