コフート心理学で見る「この人といる時の自分が好き」と思える関係

突然ですが、あなたには、

「この人といる時の自分、なんだか好きだな」

と思える相手はいますか?

一緒にいると、無理に頑張らなくても自然に話せる。

普段はあまり見せない無邪気な部分が出てくる。

自分の考えていることを自由に話せる。

ちょっとマニアックな話をしても、否定されずに受け止めてもらえる。

率直な意見をもらうことで、自分では気づかなかったことに気づける。

そして、そんな時間を過ごしたあと、

「なんだか自分らしくいられたな」

「楽しかったな」

「また頑張れそうだな」

と感じる。

もしかすると、こうした関係は、私たちの「自分らしさ」を見つけて育てるうえで、

とても大切なものなのかもしれません。

人は、一人だけでは「自分」をつくれない

心理学者ハインツ・コフートは、人が「自分が自分である」という感覚を保ち、育てていくためには、

他者との関係が必要だと考えました。

ここで出てくるのが、「自己対象(selfobject)」という考え方です。

少し難しく聞こえますが、簡単に言えば、

自分の心を支え、自分らしさを育てるために必要な他者との関係

と考えることができます。

コフートは、自己対象の働きとして、代表的なものを3つ挙げています。

① 鏡映自己対象 (Mirroring self object)

「そのままの自分でいい」と感じられるような関わりです。

自分の存在や頑張りを認めてもらえたり、気持ちを受け止めてもらえたりすることで、

「自分はこれでいいんだ」「ありのままの自分でも受け入れられるんだ」

という自己価値の感覚が育っていきます。

② 理想化自己対象 (Idealized self object)

「この人みたいになりたい」

「この人といると安心する」

そんな尊敬や信頼の感覚を通して、自分の中に安心感や理想を取り込んでいくような関わりです。

③ 双子自己対象 (Twinship self object)

「自分と似たところがある」

「分かり合える」

「仲間だと感じる」

という感覚です。

人は、自分と同じような感覚を持つ人との出会いによって、

「自分だけがおかしいわけじゃなかったんだ」

と、自分自身を肯定できることがあります。

「この人といる時の自分が好き」という感覚

こうして考えてみると、

「この人といる時の自分が好き」

という感覚は、単に「その人のことが好き」ということとは、少し違うのかもしれません。

その人といることで、

自分の中にある、今まで十分に表現できなかった部分が自然に出てくる。

恥ずかしいから、申し訳ないから、こんな自分ダメだから、引かれるのが怖いから、

そんな風に自分の本音や本当の欲求や関心を抑圧したり隠さなくていい感じ。

そして、

「こんな自分もいたんだ」

「私はこんなふうに笑うんだ」

「こんなことを考えていたんだ」

と、自分自身を新しく発見していく。

誰かとの関係を通して、自分が見えてくる。

そんなことが、人間関係の中では起こるのだと思います。

だから、「この人が自分を変えてくれた」というより、

その人との関係の中で、自分の中にあったものが自然に引き出された

と考えるほうが近いのかもしれません。

社会の中で人間として生きていく以上、

「自分が良い状態でいられる」というのは自分だけで完結するものではなく、

他者との関係性の中で作られ、常に揺れ動くものなんですね。

そしてその揺らぎは、悪いことではない。

そうした違いの中には、環境に適応したり、自分を守ったりするために身につけてきたものもあります。

とても自然で必要なことなんです。

だから、誰か特定の相手を通して自分が満たされ良い状態になれる、

そんな自分のことを好きだと感じられる、という感覚は、とても貴重なことだと思います。

ずっと満たされている必要はない

ここで注意点があります。

良い関係だからといって、いつも相手に満たしてもらう必要はないということです。

四六時中その相手に満たしてもらう関係が続くと、過度な依存やコントロールに繋がります。

「あなたは私にとって特別な存在なんだから、ずっとそばにいてよ!」

と、相手の領域に踏み込み始めた時点で、

残念なことに、関係性の力学は変わってしまいます。

人との関係性や相性というのは固定されるものではなく、

常に変動していく、現在進行形の「コミュニケーションの結果」に過ぎないからです。

常に他者に満たされることを必要とするのではなく、健全な他者との関係に満たされる経験を通して

その安心感や自己価値感、自分を肯定する力を取り込んで、自分の中に育てていく必要があります。

会いたい時にいつでも会えるわけではない。

いつも分かってもらえるわけでもない。

時には少し物足りなかったり、寂しかったりする。

そうした適度な距離や「満たされない経験」があるからこそ、自分の中で少しずつその関係から得たものを消化し、自分自身の力にしていくことができます。

コフートの考え方には、「最適な欲求不満」という概念があります。

赤ちゃんは、常にお母さんと一緒にいたい、おっぱいが欲しい。

でも、すぐに抱き上げてもらえないこともあったり、一緒にいられないこともある。

すぐに満たされない経験の中でも、基本的な安心感が保たれることで、少しずつ自分で自分を支える力が育っていく

そうやって自他との境界線を学んだり、自立が促されていきます。

同じうように、私たちは、いつでも完璧に満たされていれば成長するわけではありません。

安心できる関係の中で支えてもらいながら、少しずつ「自分で自分を支える力」を育てていく。

その繰り返しによって、ばらばらだった自分の感覚が少しずつまとまり、

「私は私でいい」

という感覚が育っていくのです。

人間関係は「固定された相性」ではない

そして、もう一つ面白いのが、

同じ人でも、相手によって見せる顔が違う

ということです。

ある人から見ると「おとなしい人」なのに、別の人といるとよく笑う。

ある人から見ると「真面目な人」なのに、別の人といるとふざけてばかりいる。

ある人とは深い話をするけれど、別の人とはくだらない話ばかりしている。

どれか一つが「本当のその人」というわけではありません。

人は、相手との関係性の中でさまざまな自分を表現しています。

だから、人間関係の「相性」も、

「この人はこういう人だから、誰とでも相性がいい」

という固定されたものではなく、

二人の相互作用の中で生まれてくるもの

なのだと思います。

ある関係では自然に出てくる自分が、別の関係ではなかなか出てこない。

逆に、誰かと出会ったことで、

「自分ってこんなことも好きだったんだ」

「こんなふうに人と関われるんだ」

と気づくこともあります。

「自分は、あの人は、こういうタイプだから・・・」と、

簡単にカテゴライズしてラベルを貼ってしまうことは

便利で安心かもしれませんが、実は、

自分自身や他者との可能性を、自分で制限していることになっているのかもしれません。

大切なのは、その「自分」を自分のものにしていくこと

とても大切なことです。

「この人といる時の自分が好き」

と思えることと、

「この人がいないと自分でいられない」

ことは、同じではありません。

むしろ、その関係の中で感じられた自分らしさを、

少しずつ自分自身の中に持ち帰っていく。

その人と離れている時にも、

「私はこう感じていい」

「私はこういうことが好きなんだ」

「私はこんなふうに人と関われるんだ」

と、自分のものにしていく。

そうやっていくうちに、

「この人といる時の自分が好き」から、「私は私でいることが好き」へ。

少しずつ変わっていくものです。

誰かとの出会いによって、自分の中に眠っていたものが見つかる。

そして、その「見つかった自分」を、自分自身で大切に育てていく。

それは、人と人との関係が私たちに与えてくれる、とても素敵な贈り物なのではないでしょうか。

もし今、あなたの人生の中に、

「この人といると自然な自分でいられる」

と思える人がいるのなら。

その関係を大切にすると同時に、

その人といる時に見つけた「自分」のことも、どうか大切にしてあげてください。

その自分は、その人だけのものではありません。

あなた自身の中に、ちゃんと存在しているものなのです。

最後に・・・

「自分をまるごと好きでいられる」ことって、人によっては、とても難しいことだと思います。

私にとっても、長い間そうでした。

自分のこういう部分は好きだけど、ここはダメ。

だから隠さないと、抑えないと。

こんな自分が嫌。

そんな風に生きてきました。

でも、「この人といるときの自分が好き」と感じられる経験を通して

「私はこのままでもいいのかもしれない」「こんな自分が好きかもしれない」と

欠点や足りないところ、恥ずかしいところも含めた自分を丸ごと、受け入れられるようになったんです。

そして、一度自分の自由な状態、好きな自分でいられているときの"自分の感覚"が分かると

それが、その相手以外とでも、分かってくるようになったんですね。

まるで自分の中にいる自分自身と、どんどん繋がっていくような感覚です。

その変化を自分でも感じた、周りにもそんな風に言われたことがありました。

もちろん、最初からずっと好きでいられなくてもいい。

そんな自分も、全然大丈夫。

でも、「この状態の自分が好き」と思える感度と頻度を上げていくことが

幸せに生きることに繋がると、私はそう思うし、そう感じています。

自然に、自由に、ね。

***

『諸行無常』という言葉を、聞いたことがありますか?

私の好きな言葉の一つです。

時代はすさまじい速さで進み、世界情勢は変化し、私たちを取り巻く環境も日々変わり続けています。

つまり、その中にいる私たち自身も、刻一刻と変化しています。

だから、自己探求、そして自己理解に、終わりはありません。

自分はこういう人間だと思っていたけれど、気づいたらそうでもないみたい・・・なんてことも、よくあります。

固定できない。

だから不安定。

でもだからこそ、「常に可能性がある」んです。

人は変わる。

人間関係は変わる。

今まで大好きだった友達と疎遠になる。

疎遠になっていた人と縁が戻る。

いつも一緒にいたり頻繁なやり取りがないと意味がないと思っていたけど、

細く長く続く関係も、温かいなと気づける。

出会いと別れを繰り返す中で、

そんな変化が、何度も何度も私たちの人生に起こります。

それは、時にとても寂しいことのように感じます。

でも、「他者から常に完全に満たされることはない」と考えると、

人生とはある一定の寂しさを、常に抱えて生きていくものなのかもしれません。

でも、だからこそ美しい。

だからこそ、温かい。

私にも、今は会えなくなった友人、連絡の途絶えた人、

それでも私の人生に確かに存在し、今でも心にずっと残り続ける人たちがいます。

かけてくれた言葉。

行動してくれたこと。

見せてくれた表情。

いろんなことが、私の中に残っています。

お互いの人生が交差したタイミングはほんの少しだったかもしれません。

でも、それでもその時に確かに出会い、自己を支え成長させてくれた人たちは、

確実に私の中に取り込まれ、今の私が私であることの一部になっています。

そう考えると、寂しさはある。

でも、同時に感じる温かさも確実にある。

そんな感覚が、とてもしっくり来るなと思います。

カウンセリングのセッションでも同じです。

一人一人のクライアントさんとの関係、出来事、対話、経験。

その中で私が感じたこと、二人の関係の中で起こったこと。

すべてが私の中に生きています。

そして、また次の関係性の中で活かされ続けていく。

そう考えると、ご縁というのは本当に美しく、儚く、尊いものだなと感じます。

この文章を読んでいて、あなたにも誰か心に浮かんだ人が一人でもいたのなら、

その人は、きっとあなたの人生を、より豊かで味わい深いものにしてくれた人なのではないでしょうか。

そう思った時、自分の中にどんな感覚が生まれてくるか、

ちょっと意識して感じてみてくださいね。

そしてそれを、大切に、しっかり心のどこかに、置いておいてください。

きっと、あなたの力になると思いますよ。^^

もし、その感覚を共有したい、一緒に探求したいと思ったら、

いつでもご連絡をお待ちしています。

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

神田華子でした。